宗教法人 慈光寺

 

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本尊 千手観音

本尊

 

当山のご本尊、十一面千手千眼観世音菩薩像です
埼玉県指定文化財 寄木造り、漆箔、彫眼、像高265cm

 

千手観音様は母親

赤ん坊は自分では何もできません。




 毎日の授乳や衣類・オムツの交換・入浴など、お母さんの手と目は休まず大切な役目を果たしています。

 自分以外に絶対に頼めないものとして、食物を摂取する、排泄などを一日で結構ですから数えてみてください。もちろん三歳ぐらいまでは母親の役目でしょうから・・・。

 千手観音様は吾が子を育てるために、差し出す千(たくさん)の手と、いつでもいかなる場合でも守護する眼など掌(たなごころ)を示現するお姿で「十一面千手千眼観世音菩薩」と申し上げます。

 相手を受け入れる愛情は両手を開いて差し出す“抱き上げる”ことで、合掌は世の中でただ一人というかけがえのない自分自身を大切にする(自分だけよければいいという自己本位ではありません)『唯我独尊』をあらわしそれぞれの手に慈悲の心が表現されています。

 子どものことでいつまでも喜怒哀楽を表情としているのが、優しいお顔の上の頂上顔(十一面)として具現されています。

<当山の観音様は、子どもをおんぶすることを顕現して、左手の掌が後ろを向いています。>

サンスクリット語でアヴァロキテスヴァラと申し上げる観音様は、仏陀になろうとするお方で、仏教の世界では最も崇敬され、祈りを捧げられるお方です。

当寺の観音様は、十一のお顔、一千の手、一千の眼を持つお姿に作られています。これは、観音様のお姿としては典型的なもので、十一面千手千眼観世音菩薩、つづめて千手観音と申し上げます。

観音様は両性具有と考えられていますが、当山の御像は子どもの世話をする母親のお姿になっており、十一のお顔は、母親のさまざまな表情を表しています。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ……。そのお手は観音様の慈悲を象徴しており、そのすべてがわたしたちの苦しみ、悲しみを受け入れようと、わたしたちにむけてさしのべられています。また、一千のお目はわたくしたちを見守り、諸悪から守ってくださっているのです。

中央であわせられているお手は、自分自身の価値を認め、尊ぶことを表しています。これはけっして利己心ではありません。他を尊重するためには、まず自己を尊重せねばならないのです。また、左下方のお手の一つが後をむいていることにお気づきでしょう。このお手は、子どもをおんぶすることを表し、これもまた、観音様の慈悲のお心を象徴します。後ろ向きのお手は、観音様の御像には大変めずらしいものです。

観音というお名の「観」は「見る」ことを意味し、「音」は音を意味します。この二つが合わさったお名には、人々の苦しみ、悲しみを「見て」「聞く」観音様のお力が示唆されているのです。

坂東にある三十三の観音様を巡拝する伝統があります。この巡礼は「札所巡り」と呼ばれ、慈光寺はその第九番にあたります。大勢の人が、慈光寺の観音様を拝みに登山します。

 

The Statue of Kannon in the Temple of Jiko-ji.

Here in this shrine, stands a sacred figure of the Kannon. Kannon, Avalokitesvara in Sanskrit, is a Buddha-to-be, who is one of the most worshipped and treasured figures in Buddhism.

The Kannon figure in this temple is portrayed with eleven faces, a thousand hands, and a thousand eyes. This is one of the typical manifestation of Kannon and is named “Jyuichimen(eleven faces)-Senjyu(a thousnd hands)-Sengen(a thousand eyes)-Kanzeonbosatzu(Kannon)” It is usually called Senjyu-Kannon, for short.

Although Kannon is considered to be both male and female, our statue here is shown as the figure of a mother taking care of her baby. Its eleven faces show a mother’s various expressions, including Joy, Anger, Sorrow, Happiness. The thousand hands symbolize Kannon’s mercy. All of these hands are opened toward us to accept and relieve our sufferings and sorrows while its thousand eyes are to watch and protect us from evil.

The hands pressed together at the center of the figure symbolize the awareness of and respect for one's own worth. Not to be confused with selfishness, one must value oneself to value others. You’ll notice one turned hand resting on one of the lower left arms. This turned hand represents the support for a baby, resting on its mother’s back and again, indicates the mercifulness of Kannon. This turned hand is very rare among Kannon figures.

The name Kannon, comes from “Kan” in Chinese, meaning “to see” and “On”, meaning “sound”. Put together, the name “Kannon” indicates the ability to see and to hear others’ agonies and sorrows.

There is a tradition to visit 33 sacred figures of Kannon in the Bando area. Bando is an old name for the Kanto region. This pilgrimage is called “Fudasho-meguri” and Jik?-ji is the 9th temple on the pilgrimage. Many people come and pray to the Kannon in Jiko-ji.

The honorary chief priest of Jiko-ji, Saeki Meiryo